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bleuの歴史

bleu史6

勢いありありで今日も!・・・の前にお知らせです。
bleuが入居する町田リラビルですが、やっと、ようやくエレベーターの改修が行われます。3月の5、6、そして9日の3日間。その3日間はエレベーターが使用禁止になり、お客様には外の非常階段をご利用いただくようになってしまいます。
足腰に自信がないかたはうちの若手メンズがおんぶに抱っこでフォローいたしますのでお申し付けください(^_^;)
いずれにせよ、ご迷惑おかけしますがなにとぞご了承ください。
さて、無事オープンしたbleuです。僕とSの二人っきりの営業です。最初の滑り出しはまあまあだったでしょうか?いや、今改めて売り上げ見てみるとかなり上出来でした。当時は何がなんだか分からないでやっていましたから。
目標にしていた売り上げの下限はすぐにクリアしました。そして、4月のオープンから7月には結構良い数字が。そして、9月にはさらにその売り上げを更新してしまったのです。
と言ってもそこは二人だけの営業限界は既に来ていて、早急な人員の確保が命題でした。
当時はホワイトメッシュが流行っていましたね。そして、サンロクマルで非常に大勢の集客ができました。ある意味運が良かった時期です。
結局オープン初年度は売り上げ上がるも、ある意味限界。
そうそう、その年最後の日は1999年から2000年になる日。そうです、2000年問題の日でしたね。
そして、年が明けて新たにスタッフが加入してきます。そのスタッフのイニシャルS・・・って、またSですね。Sがやたら多いのに気付きました。Sの2番手なので、イニシャルはS2にしましょうあせあせ(飛び散る汗)
イニシャルトークしているのは今後微妙な話を暴露するからです
S2が加入し、少しするとアシスタントのIもbleuに入社してきます。このS2とIは年齢も同じで、二人とも有名サロンを辞めてbleuに来ました。そして、今思い出すと仕事も結構できたタイプでした。
bleuは2年目の秋(2000年)を迎え、僕の公約だった初社員旅行に出かけます。行き先はタイです。その2年後には台湾にも行きましたね。懐かしい~・・・で終わらない事実がこのころからちらちら露呈しはじめます。
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超仲良しに見えた同期二人。S2とIが実は不仲との話が僕の耳に入ってきたのです。僕は「主体性のあるスタッフに」なんて都合のいい主義を掲げてあまりスタッフのそういった部分にかかわっていなかったのです。しかし、表面上仲良しチームに見えていた二人が実は裏では犬猿の仲に。いや、最初は仲良しだったんです。それがいつの間にか。
順調に見えていたbleuの雲行きが怪しくなってきていました。でも、まだ当時の僕は気付いていませんでした。
年が明けて2001年。2月頃だったでしょうか。僕はある休みの日に眼科に行きます。理由は、数年前から眼精疲労が酷くなってきて、左目の瞼が重いからです。眼科で診てもらうと、予想もしない診断が。
「緒形さん、これ眼の問題はないですね。内科、神経科の問題かもしれません。紹介状書きますから、大学病院を受診してください」
せ、先生、それってなんの病気なんですか?
「重症筋無力症です」
ド━━━━(T_T)━━━━ンッ!!
このとき、病名をいまいち把握できなくて、僕はもう死ぬのだと思いました。筋ジストロフィーとかと混同していたのです。
終わったorzと思いながら、ネットで調べてみると、とりあえず死因になる病気ではないことが分かりました。しかし、場合によっては大手術をして、しばらく働けなる可能性もある病気。
もうその時のショックは計り知れませんでした。
そして、そんな時、折も折にbleuはスタッフをさらに増員することになっていたんです。売り上げは思うほど伸びず、増員は悩むところでしたが、また伸びるだろうと安易に考えての採用。
しかし、もしかすると病気での長期離脱が・・・
どうする?さあどうする??
まだまだつづく!
次号予告 大学病院で検査の日々、さらなる内紛、bleuはもう・・・お楽しみに!

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bleuの歴史

bleu史5

物件も決まり、あとは本契約、内装の打ち合わせ、準備するもの諸々、決め事色々、集客の戦略、届け出、看板デザイン・・・って全然「あとは」じゃないんですがー(^_^;)
内装一つとっても単純には決められません。予算もありますし。
その限られた予算がどんどん減っていく!(と、ここで名誉というかあえて書きますが、内装をお願いした東京建装さんのお陰で内装工事そのものはかなり金額が抑えられたのですが・・・)
大きな出費の決断がありました。しかも、その出費自体がどう転ぶか分からない出費。その出費とは、それはオートシャンプーの購入についてです。bleuのお客様ならご存知ですよね。あの機械、1台の価格がトヨタのヴィッツくらいのお値段。しかも、bleuはそれが2台。さらに、オートシャンプーが受け入れてもらえるかも未知数。実際僕が原宿のshimaでオートシャンプーを受けに行ってみた際は正直使いこなすのは厳しいと感じました。
そこで、オートシャンプーのメーカーであるタカラの担当に、ひとまず1台だけオートにして、もう1台は従来のシャンプーでいったらどうか相談したのです。
すると「中途半端が失敗します。事実オートは入れたもののやめてしまうケースが多いのです。やるなら全部、やらないならやらないほうがいいです」と言われました。非常に悩んだのですが、スタッフの手荒れ問題、人手の問題、他でやっていないことなどを考慮したうえで2台導入に踏み切りました。1台だとヴィッツ、2台でホンダオデッセイ1台の出費です←例えが微妙
次に大きな出費がセット椅子。イームズの椅子で揃えるべく、縁あった鈴木氏の自宅へ。鈴木氏、当時は荻窪にある実家に妻子とお住まいでした。伺うと、所狭しと並ぶミッドセンチュリーの品々が輝いていました。
以前から欲しかったお宝を前に興奮気味の鈴木氏から唐突に提案。「緒形さん、美容室の椅子って回ったりするほうが良いんですか?」あ、はい、美容室用のは回りますね。
「だったら良いのがあります。サーリネンのチューリップチェアです。ちょうどもうすぐアメリカで買い付けたのが何脚も船便で届くんですよ」えー!?マジですか?「イームズだと色味が揃わないかもしれないんですが、チューリップチェアなら真っ白に塗装して揃えられますし。値段も中古なので国内価格半値でOKです」
sarinen.png
朗報キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!、ってお下品でした(笑)
早速セット面用にサーリネンのチューリップチェアを6脚発注。そして、それとは別に待ち合い用にイームズをお願いしたのでした。
いよいよオープンが迫ったある日。ついに椅子達がアメリカから届き、僕は鈴木氏の自宅に取りに行きました。そして、自宅に運びこむ、運び込んだら・・・家の中狭っ(^_^;)
家を椅子に占領され、椅子と椅子の間に寝る日々がオープンまで続いたのでした。
同じ頃、サンロクマル(現ホットペッパー)の担当柴田さんと打ち合わせ。先日も書きましたが当時のサンロクマルはまだマイナーで、ルールもゆるめだったのですね。そして、毎号紙面巻頭には様々告知が可能でした。その告知コーナーに僕は大胆なアイディアを提案します。
さて、ようやく見えてきたとはいえ、僕にしてみればもうキリンがないbyじゃがりこ!なくらい首を長くして待ったオープン(笑)
その日を確定させなければいけない時期になっていました。僕は内装工事が終わって間もない大安に何が何でもオープンと思っていたのですが、東京建装さんになんといきなり驚きの駄目出しをいただいたのです。
「緒形さん、その日大安なのですがさんりんぼうで、店のオープンには適していません」
な!な!なんとorz 東京建装さんが言うのだから確かに違いない。事実、今ググってみたら、さんりんぼうってある意味怖いたらーっ(汗)
ということで、オープンを数日ながら延ばす羽目に。う~ん、もったいないなー。
あー!そうだ、普通に営業しなければいいんだ。だったら、無料でやればいいや!←半分馬鹿になってます
そして、本当に無料で2日間営業することにしました。その無料営業告知をサンロクマルの柴田さんに提案したのです。今なら絶対あり得ない提案も、当時はウェルカム!巻頭に堂々と「2日間全メニュー無料です」と告知。
そして、肝心なサンロクマル本誌のbleu一発目の広告。今手元探してももう見当たらないんですが、かなり笑える広告なのです。僕が今も店内にあるDJブースと一緒に写っている写真を載せたのです。しかも、撮った頃はまだ内装が出来ていない一月前。場所は自宅。しかも真顔でポーズ(笑)いや、これは仕方のないことだったのです。サンロクマルの入稿締め切りが一月前ですし。また、万が一どなたかお客様が見てくださったら、僕を見つけてくれたら。そんな思いでこっ恥ずかしい撮影に挑戦。
さてさて、どうにか形になりました!いよいよbleu無料営業、プレオープンです。無料営業は完全予約、電話による早い者勝ちです。
10時受付開始!のはずが、もう10時前から着信が止まりません。電話鳴り止まず。おいおいうちはチケットぴあかよ!←やっと予告のシーン
もうぶっちゃけちゃうと酷かったですね(笑)電話鳴りすぎ。←言いすぎ
中にはブチ切れながら「今から行くわよ!何が何でもやってもらいますからね!」と意味不明の宣言をしてきた方もいました。その時既に受け付け終わっていたのにもかかわらずです(笑)
ひとまず受け付けると決めた人数が埋まるまでホント数分。あとは受付終了と詫びるのみ。
お客様がご来店し始めるともう電話にも出れず。仕方がなく留守電でお詫びを流す始末。
とは言え、2日間のプレ営業は盛況に終わり、同時に僕とアシスタントのSのオペレーションの確認もとどこおりなく、本番の営業に突入するのでした。
後日談ですが、無料営業で来られた方はほぼリピートしませんでした。気合十分の電話をしてきた皆さんはきっと無料だからってだけで必死に電話してきたのですね。
一方で嬉しい誤算が。それは、無料営業の受付電話をした際に、既に受付終わっていたけれども、そのお詫びの時に僕らの「感じが良かったので無料じゃないけど来てみました」という方が何人もいらっしゃったこと。逆にそういう方は顧客になってくださいました。
人生何が起こるか分かりませんねー
さてまだ続く!次回予告 人生何が起こるか分かりません!そのまんまやん お楽しみに!

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bleuの歴史

bleu史4

勢いのあるうちにどんどん行きます!
結局僕は物件3件目のSビルの竣工まで浪人を決意しました。その間働くことも出来ず、当時共働きだった奥さんの帰りを毎夜待つ日々。ところが、来る時は一気に色々来るものです。なんと来たのです。何かが・・・
何かが来ました。というか「あれがこない揺れるハート」というほうが正しいのか?(笑)
出店準備を開始した矢先、うちの奥さんが妊娠したのです。
その時からさかのぼること半年ほど前、そろそろ子供欲しいかも?と思っていた僕ら夫婦。毎月のように「もしかしたら?」と妊娠検査薬でチェック。うっすら浮かぶ検査薬の妊娠マークに喜ぶのもつかの間。毎度毎度まぼろしに終わっていたのでした。
そして、僕がいよいよ出店準備を迎えるにあたり奥さんにこう言ったのです。
「出店でかなりどたばたしてしまうと思うから、子供は1年後くらいに。しばらく休みというか様子見しよう」
うちの奥さんの友人達はなぜか妊娠しやすのかなんだかで(ある友人は3人いる子供の受精日が分かるくらい100発100中らしい)、すぐに子供は出来るとある意味思い込んでいた奥さんはほんとに少しだけですけど落ち込んでいました。
そんな矢先、もしかしたら?と思ったのは僕の方でした。奥さんに「検査薬やってみようよ」と言うと、奥さんは「また違うんじゃないの?と。
ところがどっこい、今ままで見たことない(当たり前)くっきりとした妊娠マークが現れました!いやービックリ。喜び&ビックリしつつも、え、俺無職だよあせあせ(飛び散る汗)
さて、もうこうなったら前に進む以外ありません。
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Sビルが春めいて来るとともに出来上がりつつあります。既に契約の内諾を頂き、東京建創さんと内装の打ち合わせの日々。
あれを準備して、これを見に行って。最初は楽しかった。今まで欲しくても手が出せなかったモノが買えるのですから。それもいつしか飽きてくるというか冷めてくるんですよね。飽き性だからだと思うのですが、妙な感覚でした。
時間があるのを良いことに、家具屋、雑貨屋巡りしまくりました。bleuオープンの際にはイームズ(EAMES)の椅子をセット面に採用することに決めていました。当時破竹の勢いだったあのアクアと同じタイプ。はい、ある意味真似になっちゃいますね(汗
ところがどっこい!探し始めてビックリ。イームズの椅子もう廃盤だったんです。そもそも、イームズの椅子は50年も前のデザイン。じゃあなぜアクアがずらっとたくさん並べていられたかというと、モダニカが復刻して売り出した時期に購入したからだったのです。ですから、もうない。困りました。
ちなみに、美容室の椅子って皆さん幾ら位すると思います?通常15万円くらい。最近では安いと5万円、高いと20万円以上とピンきりです。そして、イームズの椅子の場合ですが、だいたい7万円くらいが今も昔も相場です。最近また復刻されてもっと安く出ているイームズもありますが、こちらは素材がかなり異なります。
家具屋めぐりの日々、困った僕はなぜか横浜のフリマに向かっていました。フリマに行くのは初でした。だって今まで美容師していて、フリマのある土日に休んだことがないから。
フリマに行ったのには理由があって、イームズの椅子が出ている可能性があったからなのです。
そして降り立ったフリマ。興味をそそるブースが数多くある中で、目に留まったブース。そこにありました、イームズが。色や形は求めていたものとは違えど、あるにはあった。
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売主のお兄さんに早速話しかけてみた。すると、なんとその方少し前までモダニカでバイヤーをしていて独立したばかりなんだとか。モダニカで売られていた椅子をアメリカから仕入れていた方で、まとまって納品も可能とのこと。しかも、まだ独立したてだそうで、そのせいか椅子を卸値で売ってくれるとのこと。もうこうなったら話は決まりです。
また同時期にもう一人の方と打ち合わせを。サンロクマルという雑誌の編集者の方です。
皆さんサンロクマルって知ってますか?知らない方多いのではないでしょうか。では、ホットペッパーなら知っていますか?
実は、サンロクマルとはホットペッパーの前身です。名前がまだ違いました。そしてまだ全国でも限られた地域でしか配られていませんでした。その編集者さんと、新規オープンに際しの打ち合わせです。
打ち明け話ですが、今ホットペッパーに広告掲載するのってルールが細かくて面倒な制約多いのです。しかし、サンロクマルの時代はゆるかったのです。お陰でbleuはオープンの時に面白いことをやってしまいます。そのことはまた後で。
竣工間近のSビル内部。
DSC00016.JPG
窓の外には再開発で長年の歴史を終えたTONANデパートの看板が見えますね。
新築ビルであるSビルでは、上記画像のように一度申請済みの内装工事を行わないと完成検査が受けられません。この後もう一度内装を壊して、再度工事します。

またまた長々とご覧頂きありがとうございます。
あらためて書いてみて、とにかく大勢の人に支えられてここまで来れたのが、まだbleuオープン前でも分かります。
次回予告 ついにbleuオープン・・・のはずがオープンできず。「うちはチケットぴあかよ!」をお楽しみに!

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bleuの歴史

bleu史3

さーまだまだ続けますよー!
さて、再開発地域で見つけた竣工間近のビル。そしてすぐ近くの不動産屋に連行された僕(笑)
ビルの概要を聞く。なるほど確かになかなか良さげでした。東京建創さんにお願いして物件の確認に立ち会ったもらうことにしました。すると、立会いの際に運良くそのビル(Aビル)のオーナーさんとお会いできたのです。
ここはと早速ご挨拶をすると「どういう店になるのかな。どのようにしたいのか聞かせてもらわないことには話がね・・・」と言われたんです。
要は、まずどんなことするのか聞かせなさい。そういうことのようなのです。物件借りるのにそこまでするとは正直考えもつかなかった。でも、一件目でコケている僕はすぐさま企画書を作成。
さらに、Aビルオーナーの住所を調べたのです。じっとしていられずに、出来上がった企画書を直接持って行くことにしたのです。確か東京は大塚だったでしょうか?町田から1時間の道のりを、企画書を持って大家さん宅へ突撃。が、大家さんは留守。しかたがなく企画書をポストに投函して、入居の可否を待ったのでした。
そして、何日か後。入居について問題なしとの回答。というか、企画書まで必要だったのかその時点では分からず。あの挑発的な大家さんはなんだったのか?(^_^;)
ということで、再度東京建創さんと内装のプランニングのために現地調査することになったのです。
ところが!その時に大問題発生。「緒形さん、このビル調べると電気容量が少ないんですよ。美容室の営業できるかギリギリかもしれません。」と東京建創の担当Tさんの話にがっくしバッド(下向き矢印)再度の現地調査の際に、ちょうどのタイミングでAビル大家さんの息子さんとお会いした。その息子さんといっても僕よりもかなり年上の方は、そのAビル1階でレストランをやる予定だったのです。bleuは2階に入居予定。
レストランの内装工事の打ち合わせで来ていたようなので、TさんがAビル1階の内装業者さんに話を聞くことに。するとさらに驚きの事実が発覚。
聞いたところ、ビル自体の電気容量が少ないにもかかわらず、その多くを1階のレストランで使用することが既に決まっているのだそう。そもそも1階は実質オーナーさんですから好きにできますよね。それにしてもじゃあいったいどうすりゃいいのか。もう茫然自失ですよ、ホントに。
美容室はご存知の通り電気使用量が結構多いのです。ドライヤーやその他、1台でかなりのワット数の電気機器を多数使用します。裏技を考えようにもほぼ無理。そもそも、ビルの方向性がその時点でなんと怪しいというか、疑わしいというか。大家さんが他の店子(たなこ)のことを考えているように思えない物件じゃあないですか?
結局紆余曲折を経て、またまた物件を諦めることに。
余談ですが、Aビルではbleuと同時に入居決めていたIT系のオフィスも電気容量の問題で撤退していました。
またまたフリだしですよ。ねえ。どうしましょう?
そんな時、Aビルと同じ並びでさらに駅に近いSビルの募集が。
DSC00008.JPG
↑この画像は随分と後です。募集を見つけた頃はまだまだ形が見えない頃です。
Sビル、家賃は駅近の為にぐっとお高く、さらに何より竣工が春。僕はそのある意味二重苦を飲むか飲まざるかの決断をしなければいけなくなりました。竣工を待てば、少なくとも3ヶ月以上、退職してからでは半年のブランクになってしまう。そして僕以外にも迷惑をかけることに。
前の職場での人脈を全て切ると以前書きましたが、辞める頃当時の後輩がついて来たいと言い出しました。僕としては全く面識のない人間を募集しようと思っていたものの、その名乗り出てくれたスタッフSの能力は買っていただけにありがたさ半分悩み半分でした。
あからさまなことはしたくなかったので、前職を辞めることと僕のところに来ることは切り離して欲しいとSには言いました。そしてSはbleuに来る来ないは別として、僕が辞めてほどなく退職をしたのでした。そのSも結果僕と同じく浪人生活になってしまったのです。
bleuにオープン当初から来られているお客様はSのこと覚えているのではないでしょうか。当時流行だったホワイトメッシュをがっつり入れて、街を歩くとキャバクラのスカウトが「お店変わる気ない?」と決め付けられて話しかけられるようなルックスのSです(爆)
しかしそのS、bleuオープンまでの数ヶ月、聞くところによると弁当工場でしば漬けをひたすら盛り付けるバイトをしていたとか。全然似合いませんよね(笑)
結局僕はSビルの竣工まで浪人を決意しました。その間働くことも出来ず、当時共働きだった奥さんの帰りを毎夜待つ日々。ところが、来る時は一気に色々来るものです。なんと来たのです。何かが・・・
次回予告何かってなんだ?←意味不明

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bleu史2

bleu史その1を読み返せば、いやー誤字どころか文法ぐちゃぐちゃ。麻生総理と同じ誕生日血液型なんで許してね(笑)
めげずに続きです!
前の職場を辞め早速動き出そうと不動産屋に出向く。内諾されていた物件を契約する方向で話を進めたいと告げるも、なぜか歯切れが悪いんです。契約の時期や賃料など、とにかく明確な答えを避ける。そして、回答の時期も曖昧、ぼやかす。
不安ながらももう動き出していた僕は、新規に取引をお願いした美容材料ディーラー(以下ディーラー)の神奈川支社長と、内装工事を頼むかもしれない大手業者に内見をお願いしました。
前の店を辞める際、とにかくそれまでの関係を断ち切りました。いや、切るというよりは頼らなかったというほうが正解でしょうか?
普通の独立では、それまでの人脈を活用するのが近道であると思いますが僕は同じ町田市内で独立することもありゼロからスタートを選びました。
ディーラーは全く知らない、取引経験のないところ。顧客も連れて行かず(行けず)。そしてスタッフも前の職場から連れて行ったりせず、とにかくゼロに近い状態からスタートすることを選びました。
まず手始めにディーラーに電話しました。ディーラーからパーマ液やカラー剤を仕入れないと営業できませんし、さらに美容室はディーラーともっともっと密接な繋がりを持ちますから。
電話するきっかけ。それは前の職場に送られてきていたディーラーからのDMを見たことがあったから。それだけでした。
全く取引実績も何もない僕が電話すると、運良く今や日本でも最大手になったディーラーの神奈川支社長直々にお会いしてくれることになりました。初対面の際、なぜか思いっきり僕の生い立ちまで話してしまいました。それくらいある意味意気投合し、取引を快諾いただいたのでした。
ディーラーの支社長と内見した際、同行してきた不動産屋の女性スタッフ。町田では古参の不動産屋の跡取りらしき方。この女性がなんだか物言いがなんともずけずけというかズバズバというか。僕としては若いからなめられているような気もしてちょっと気分が良くなかったのです。
そのことを内見した後にディーラーの支社長に打ち明けると「いや、彼女は実は正直なのかもしれないね」と意外な見解。
でもそうか!?なるほどと思いました。僕は人を見る目がまだまだないな、と痛感もしましたが。
内見の後も不動産屋と大家はなかなか契約にGOサインを出そうとしない日々が続きました。毎日にように電話を入れているうちに、思い切って「はっきりとしていただけませんか?」と女性スタッフに言いました。すると意外な答えが返ってきたんです。
「実は緒形さんとの話があった際に大家さんも乗り気だったんです。でも、そのすぐ後にあの建物のあたり一帯の再開発の話が舞い込んできまして・・・」
さらに突っ込んで聞けば、既に事実上僕との話は終わっていると。なんと、なんと急転直下。あっけない幕切れ、一発目の物件の話はこれにてお流れ、終了(涙
(このときに、やはりあの女性は確かに正直な方だったんだなと実感しました)
気を取り直して(早 物件探しの日々が続きました。
しかし、ここで一つ壁が。それは、前の職場のある町田の繁華街側ではないJR町田駅の裏側での物件が皆無であったことなんです。
非常に悩みましたが、結局半ば止むを得ず繁華街側で物件を探すことになりました。とは言え、繁華街側では家賃も高く予算に合う物件はほとんどありませんでした。
この頃、ディーラーの次にもうひとつなくてはならない業者さんとの出会いがありました。それがbleuの内装工事をお願いしてきた東京建創さん。10年前だなーと、しみじみ思い出されるのが、その出会いの素。今なら恐らくネットになるのでしょうけど、その時はNTTのタウンページだったのです。しかも石原良純の紹介で←暴走しすぎです(笑)
それ以前にディーラーから紹介された大手内装デザイン会社と、個人の内装屋さん2者。その2者のどこか違和感を感じて、開いたタウンページでした。電話して「いますぐお会いできますよ」と言われ、すぐさま飛んでいき、長々と現状を聞いていただいたのでした。
当時の町田の街並み、町田を知る方々は覚えていますでしょうか?
今町田109があったあたりは古い仲見世商店街でした。そして、109前を通る道路はまだ影もなく、一帯は住宅地だったのです。
ちょうどその道路計画や再開発が本格始動したのがその10年前だったのです。
僕はそのまだ道でもなく、ところどころ家が立ち退いてまだ混沌とした感じの一帯を歩いていた時に、間もなく竣工しようというビルを見つけました。
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ビルを見上げている僕に、ビジネスモード全快のおば様が駆け寄ってきました。
「ここのビル気になります?なります?じゃあ、さーどーぞどーぞ」とすぐ近くの、そのおば様の経営する不動産屋に連行されていったのでした(^_^;)
まだまだつづく
これだけ書いて、まだbleuオープンもしていません(笑) 
次回予告
いよいよ物件決定!のはずが、え゛!聞いてないよー&浪人生活の始まり。

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bleuの歴史

bleu史

先日偶然net上で再会した同級生、旅館の女将に偉そうにもメールしました。そのメールのなかでこんなことを書いたのです。
「良く出来たHPや広告のコピーには物語がある。だからHPに旅館や家族の物語を入れたら?」
なんてことを人に言う前に、bleuの物語を。そうだ、ここらで色々もろもろ整理しておこうと思い立ちました。また今日から新シリーズです(またかよ
bleuの歴史、題してそのまんま「bleu史」です。知っている人も知らない人、暇つぶしにご覧頂けたらと思います。では唐突にスタート。
今から11年前、平成10年。僕緒形は町田の美容室で働いていました。銀座の美容室を辞め、その後半年色々あって(後で多分書きます)働き始めて4年半。その町田のサロンではしばらく&とりあえず売り上げ1位を続けていました。
元々は美容師になる気はなく、ヘアメイクになりたかったのが方向転換して美容師に本腰を入れるようになり、そしていつしか独立したいと思うようになっていました。でも、実際に独立するなんてたいそうなことと具体的にはノープランだったのです。
しかし、ある日JR町田駅のすぐ脇にあった古い建物の「入居者募集中」という看板を見て突然振って沸いたように「あっ、独立しよう」と思い立ったのです。まるで「そうだ京都に行こう」くらいの勢いというか軽いノリで(笑)
そこからすぐに当時のサロンの経営者に打ち明けました。その際に出店地が駅を挟んで反対方向の栄えていない地域とはいえ、同じ町田に出店ということで、僕は顧客を連れて行かない、顧客に伝えないという約束で辞めることの許可を頂いたのでした。それが恐らく9月頃の話だったでしょうか。
例年美容室は12月に忙しく、さらに年明けの成人式とイベントが続くことと、最後のボーナスをもらいたかった僕はそこから年明けの成人式が終わるまで勤めることになった・・・のですが、ある日ふとしたことから経営者から誤解されて、早期に辞めさせられるのです。
その誤解とは。僕は独立すべく辞めるが全て未定ですとお客様に伝え、ひっそり辞めるつもりで毎日挨拶をしていたんです。
すると、お客様はこう言ってくださるんです「お店の場所決まったら必ず教えてくださいね」と。
そう言われたら教えてあげられないけどその場しのぎでもちろんって答えますよね、普通なら。その会話を立ち聞きされてしまったのです。経営者は「客引きするならすぐ辞めてもらうぞ」と怒りだす始末。急に辞めても困るので、僕は経営者に「(経営者に)誤解を与えないようにお客様には辞めることさえ言いません。黙って辞めればいいんですよね」と言い、その場をおさめたのです。しかし結局その後すぐに「緒形君もう今月末で辞めて。店の業績が良くないから」と言われ11月で退職しました。もちろんボーナスまでまだまだ先で、あてが完全にはずれてガッカリ。
その時見た夢が今思うとかなり笑えるんです。
経営者「じゃあ今年のボーナスを支給します。今年のボーナスは袋を開けると分かりますがくじ引き方式です。あけてからのお楽しみです!」
えー!?なんだよそれー。と言いつつ最初のスタッフが受け取って開封。すると中には「ハワイ旅行」とか書いてあるんです。それを見て、意外と良いかも、ありかも。なんて思ったところで僕の番。
そして受け取り封を早速開けてびっくり中に書いてあったのが「はずれ」たらーっ(汗)
ある意味正夢に驚きました。
11月で辞め、ボーっとしている訳にもいかないので早速出店準備開始。既に目当ての物件については不動産屋と大家に内諾をもらっていたのであとは融資などをどうにかすればいけると。いけると思ったら大間違い。全ての目論見がここでも崩れる羽目に・・・
その事態とは?次回へつづく
次回予告 不動産屋と大家、見え隠れする地上げの噂。次回をお楽しみに!(^_^;)

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私事

復活しました

ごくごく一部のご心配くださった皆さんへわーい(嬉しい顔)
一昨日の晩の38℃超の発熱。身体の痛み以外は咳きも鼻水もな~んも風邪っぽい症状が出ず。
ただ一晩発熱したのみで完全復活してしまいました。心配した再度の発熱もなし。
いったいあの発熱はなんだったのでしょう?もしかして知恵熱か?(笑)

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私事

インフル

昨晩急に悪寒におそわれました。さらに、首周りがこわばり、背中やあちこちが痛み、熱を計ると38.6℃!
インフルキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!と思いつつも、保温と祈り(薬嫌い)で今朝は36℃台まで復調。念のため医者でインフルエンザの検査しました。人にうつしてはまずいじゃないですか。で、検査の結果は無事陰性(ホッ
そんなわけで今日も一応元気です(^_^;)
しかしあれですね、インフルエンザの検査結構辛いんですね。綿棒を鼻に突っ込むって聞いていたのですが、あれ鼻から入れて喉まできていましたよ、絶対。
あんな細いのでもあの辛さ。鼻からの胃カメラなんて信じられん!
春はもうそこまで来ているはずなんですが、まだまだ寒いですよね。皆さんも風邪などにはお気をつけくださいm(__)m

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雑感

奥さん

先日の火曜日は休日、かかりつけの内科医院に胃薬をもらいに行きました。
出掛けようとすると、おなじところで先月健康診断を受けたうちの奥さんに「もらえたらわたしの健康診断の結果ももらって来て」と言われた。
受付で「もし可能ならば」と告げるとあっさりOK。しばらく待って順番。呼ばれて先生と挨拶すると、先生が少しだけ神妙な顔つきで言いました。
「奥さんあれです、なんというか長生き病かもしれません
おっとそうきたか!先生曰く、うちの奥さん悪玉コレステロールの値が基準の枠よりもさらに低く、動脈硬化にそうとうなりにくい体質らしいです。それでその発言。
死なれたら困るので「先生その病気を治す薬をください!」とビートたけし往年のコントの返しはしまっておきました(笑)
ところで、先日どこかで書いた「違い」の話。支離滅裂にいつも書き散らすのでちょっと前の話題が既にこれですあせあせ(飛び散る汗)
違い、一番の違いは女性と男性の違いを感じる今日この頃。その違いの一つなのでしょうか?
普段定期的によく見る幾つかのblogなのですが、女性のblogって画像の使い方が上手だったり、妙に叙情的だったりするんです。
例えばここ新潟田舎暮らし!
以前も当blogで書きました。ここは僕の同級生で米作りに情熱を燃やす男ののblogです。毎日書くことと、必ず画像を載せることを多分目標にしているのかな?なんともいえず良い味なんですよね。
そして、その嫁blogのコメント欄で見つけたとある旅館のHP&blog。そのblogがまた写真が良くてびっくり!懐かしい小ネタにコメントするとレス見て二度びっくり!blogの主である旅館の女将はなんと僕の同級生じゃないですか!!
知りませんでした。小中高と同じ学校(田舎なので)だったけど、同じクラスにはなっていないけど、でも名前も顔も知っているあいつ(失礼)が女将さん。
というわけで(どういうわけかわからないけど)新潟北部にお越しの際は旅館いづみやさんに無理やりでも泊まってください!わーい(嬉しい顔)
あ、それから素敵なblogいづみやブログも要チェック!

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雑感

変わっていく

最近髪が伸びたので「横分けにしてオードリーの春日みたいにしようかとな・・・」と言うたび、誰も否定も突っ込みもしてくれないオガタです。
「ベストも着なきゃね」とまで言われる、僕ってなに?(笑)
さて以前書きましたとおり、今月2月はオートシャンプーからハンドシャンプー(普通のシャンプー)に変更して営業しています。
シャンプーについてお客様の声を聞かせて頂いているところでして、その結果によって今後オートシャンプーからハンドシャンプーへの切り替えの予定です。
またHPのリニューアル、営業時間の変更やあれやこれや←はしょり過ぎ
色々なことを4月目処に行うべく目下奮闘中です。
ということで今取りかかっているのがHPのリニューアルです。本当にお客様が必要としている情報は何か?どういうときに、どのようにどんな気持ちでHPを見るのか?そんなことを考えながら、作成を外注すればいいものをセコセコとやっています。
というのも、今年の正月に体験したあれがひとつのきっかけなんです。あれというのは、たまに食べに行くお好み焼きチェーンに行こうと思った時のことです。ふと思えば、チェーン店とはいえお正月休んでいるかもしれない。じゃあHP見てみればと思いきや、まったくそのようなinfoは掲載がない。結局電話してみて、繋がらない=休みと分かったわけですが・・・
bleuの場合僕がHPのことを全て握っているので比較的そのあたりできていたと思います。しかし、できていると思っていても、案外お客様に問い合わせメールを頂いたりするのです。こちらは明示できていると思っていても、それがしっかり伝わっていなかったのですね。
それはHPに限ったことではないと、人のフリ見て我がフリを直さねばと思っているところです。
2月は閑散期。昨日の営業土曜でしたがまったりのんびりでした。マイケルジャクソンが好きだったというお客様の声に、久々にアナログで名盤「thriller」をかけました。
こんな日が続くとそれはそれで困りますが(笑)
3月になると例年混み合いますので、皆様2月中のご来店をお勧めします!